昭和43年7月13日 夜の御理解     (末永信太郎)    №43-105



 先日も、ある教会の先生がお参りして見えてから、その、ここの合楽の御信者さん方は、もう、ほとんどが家族をあげての御信心だということを聞いたんですけれども、先生、家族を勢をそろえて信心するということは、どういう、その答えが教導にありますかと言うわけなんです。
 別に私は、教導の言うわけじゃないけども、ほんに言われてみると、私どもずいぶんあっちこっちの教会を知ってるけれども、ご主人は熱心だけども奥さんが信心しない、子供達がまたは付いて来ない、と。もう、おじいちゃん、おばあちゃん達だけで、もう後は付いて来ないといったような、その、ところが多いんですね。家族あげて信心しておると、そう言えや、もう合楽では、もうほとんどの中心の方達が、もう、家族勢をそろえての、いわば信心なんです。
 これは、まあ、どうという事もないだろうけれども、まあ、結局はここに御神縁を頂き、御信心を頂く人達がおかげを受けて行くというだけでなくて、やはり信心しなければ馬鹿らしい、と。そういうものがね、自分の周囲に感じられるのじゃなかろうか、と。いわば、本人が信心を頂いて変わって行くというかね、改まって行くというか。いわゆる、だんだん変わって行くところに、そのやはり、信心のない周囲の者もやはり目を見張るようなものがある。
 そこで、私も連れて行ってくれということになり、また、一緒にお参りしようということにもなる、という風に私は思うんですがね。今日もあの、十三日会の時に佐田のおばあちゃんが体験発表しておられましたですね。その中に、もうあちらの十年間の信心ですけれども、初めはそのおばあちゃん自身が、信心がなかった。いわゆる、あちらの若い奥さんが、もう、結婚して6年にもなるのに、子供が出来ないというのでお願いに来てから、まあ、御神縁を頂いた。そして、おかげを頂いた。
 だから、やはり主人も付いて来なきゃおられない。そこで、主人も熱心にお参りして来るようになった。ところが、おばあちゃんだけが、こう見えられなかったけれども、次々とおかげを頂いて行くその息子たち夫婦の姿にやっぱり付いて来た。ね。今、家族をあげて朝の御祈念に参って来る。
 しかも、昼の(時々?特別?)御祈念には参って来る。さあ、何か会合があると言やあ、もう、必ず親子でやって参って来ておる。ね。しかも、その祈りとし、願いとしておった、やはり皆さんもご承知でしょうが、久留米の(さだよ)というのが本店、そこの分家の方なんです。
 ところが現在、その、(さだよ物産?)と(さだよ)本店の方の(風?)が、もういわば、120年近く続いた古い(のり?)を持ったお店なんですけれども。現在では、もう、崩壊の寸前にあるわけなんだ。ね。それで、どうでも、これは私の方で一家だけではない、いわば、あちらのお爺さんのご兄弟の子供さん達。だから、今の佐田(   )さん達の従兄弟さんになる、(さだよ物産)も(さだよ)の本店も。ね。
 それが、どうでもこうでも、その、おかげを頂かにゃならん。で、先日から(さだよ)の専務をしております、(さだよ物産)の方を受け賜わっておる人が、ある難儀な問題の時に(  )さんが導かれて参って来て、お参りをさせて頂くようになって、もう、とにかく心の上に頂く喜び、安心。もう、毎日毎日、眠られない。(少壮、将帥?)。もう、それでヘトヘトになっておるところに、御信心を頂いてから、とにかく、そうですね、10日か15日ぐらいでしょう、まだ参って来るの。
 それに、もう4キロから肥えたと言われるくらいに、もう、ぐっすり夜は休まれるようになり、朝は朝の四時過ぎから朝の御祈念に参って来るというような(備え?)。そこで、とにかく、本店の方に言うたっちゃとても難しかという、もう言う隙がないほどだったらしいですけれども。とにかく、こういう難儀な中にね、私どもが三人、いわゆる、(さだよ)の支店、(さだよ物産)、(さだよ)本店が三つが(打って?売って?)一丸になって、昔の(さだよ)にしようじゃないかという、それには、私どもがお参りしとるその金光様に一つお参りしてくれ、と。金光様も、合楽の金光様にどうでも参ってくれと言うて、その、お導きに行ったところが、片一本もですね、もう、とにかく溺れる者は藁をも掴むというようなわけなんです。ね、お参りをさせて頂いて。それから、とにかくその、おかげ頂いておるわけ。
 そのことを今日は、具体的に話されなかったけれども、そういう願いが成就して来た。同時に、私ども親子三人の願い。ご承知のように、おばあちゃんと私か奥さんが非常にその、信心が白熱的である。ですから、もう、一にも神様、ニにも神様、三にも神様で行くのだけれども、(  )さんの方はなかなか、まあ、思料深い。だから、そう1から10まで神様神様という訳にいけんといったような(  )さんの信心が今度は反対に、その、いわば白熱化して来たわけですね。
 で、そのことを今日は言うて、いわゆる、お互い信心をさせて頂いとったけれども、その信心の焦点というものがそれぞれ区々であったのが、家族をあげて同じところへ焦点が置けれるようにならせて頂きましたら、長年思いに思い、願いに願って来ておった、(さだよ)のいわばお父さん達のそれぞれの長男ですかね、今言う佐田(ぶへい)さん、佐田(きょうぞう)さんと佐田(よへい)さんと、この三人が揃うてお参りが出けるようになったという事は、もう、どんなに考えても私どものいわば信心から押して考えてから、とにかく夢のようなおかげだと、こう言うわけなんです。ね。
 もう、(さだよ)は、もう昔から、もう、それはあちらに行きますとですね、それはもう、見事なご仏壇が支店の方にもお祭りしてあってから、いわゆる仏教一家という感じです。もちろん、(さだよ)さんなんかというのは、まあ、ここで言うならば共励会のようなのを、(お茶?)の坊さんを毎月招いてですね、そして親戚、お店の者、人達はみんな自分の大広間に集めてから、仏教の説教を毎月聴かれる。
 それから、佐田その(よへい)さんですね。その奥さんという方は毎月、ご本部あの、京都のご本山に月参りというほどに熱心な仏教信者なんです。だから、もうあそこだけは、もう絶対、まあ、絶対と言うが、まあ、とにかく大変な難しいことであろうと、こう言うとった。
 だから、機会があったら話そう、機会があったら話そう。もう、(   )さんは御取次を頂いて、何遍行ったか分からんけれども、もう、話す隙がない。仏教のやっぱ、そげな熱心な一家をあげて、その帰依しておるのですから。ね。ところが、その難儀な問題ということになって来ると、なら、現在の仏教じゃ助からんわけですよね。そこで、とうとう、その、今度は佐田いわゆる(ぶへい)さんですか。
 いわゆる、(さだよ物産)のその、(  )さんが自分がおかげを受けておる事実を見て、もう強引に、とにかく私どんが従兄弟の三人がですね、いっちょう本気で勢をそろえて信心せにゃ、もう、(さだよ)は潰れるばいと言うてから、その、引っ張ってきた。
 さあ、それからその、(さだよ)のご主人が毎朝、お参りをして来るようになった。ね。そこで私が思うことはですね、この勢をそろえるということ。なるほど、合楽では皆が家族勢をそろえておるけれども、その勢をそろえるということでも、やはり勢がそろわにゃいかん。ね。
 一人は、どうでもこうでも、一にも神様、二にも神様、三にも神様と言う神様一点張り。一人は、一にも神様、二にも神様、三にはそげん神様ばっかりで(言われる?)。一人は、そりゃお願いやら、もうお参りはせにゃんばってんか、そげん、1から10までお前は、神様、金光様と言うわけにはいかん、というように、そういう風にね、その揃う、足らわなかったらやっぱり勢がそろわないことになる。
 そういう意味合いで今日、佐田のおばあちゃんが体験発表しておられるようにです、ね、私ども親子三人の者の信心の焦点というものがです、言うなら、一にも神様、二にも神様、もう、三にも神様神様のおかげを頂かなければ、これはもう、(さだよ)は立ち行かんばいというごとなった。ね。
 私は、その勢がそろうということは、そういうことだと思うんですね。なら、信心は段階はあるです。ね。そりゃ、信心の厚い者、いわば、まあ、言うなら小学校もあろう、中学校もあろうということ。けれども、その、小学校であろうが、中学校であろうが、高校であろうがです、家庭の中の信心がです、その願いとするところはです、もう、とにかく神様一本槍で行けれるという、そこには勢がそろうとかにゃいかん。
 どういう問題があっても、親先生にお伺いさせて頂いて、「親先生任せたいの」と言うたら、うん、そんなら明日お伺いさせて頂いてから、そげな風に話は決めようというごたる風にです、一つの事柄がそこにまとめれるような信心こそね、勢をそろえた信心だと、こう思う。
 ただ、皆がお参りしておるというだけではない。そういう意味合いで、良い私は手本だと思うですね、(さだよ)さんの場合。ついこの頃まで、いわゆる、ご主人の(きょうぞう)さんの方が、「お前達の言うごたる訳にはいかん。こげんして、これだけの大きな店をやって行くからにはです、場合には神様ばっかりじゃいかん、人間心も使わにゃいけんこともある」と言うておった(きょうぞう)さんがです、ね、かえって、お母さんよりも嫁さんよりも、先頭に立って、いわゆる金光様、神様と言うようになった。ね。
 しかも、それを導いたいわゆる(さだよ物産)の方、それから(さだよ)の本店の方もです、とにかく、それは十年間の祈りというものが込められてあることは込められてあるですね、祈り込められてある。今日も言っておられますように、その自分の嫁入りだけの娘達までおかげを受けており、また、私の方の嫁の里、日田の方。もう、日田の方のおかげというものは、もう、(多々?)お話にならん。兄弟が五人おりますが、この五人の娘達が縁についておる、家分かれしておる、そこの上に現れておるおかげというものは、アンタだん、これが金光様のおかげっちゃ分からんのちゅうごたるおかげを頂きよるです。ね。
 というようにですね、やはり、佐田さん一家がそういう風に勢がそろうて来たところに、とても至難と思われておった、いわば、もう仏教で凝り固まって、もう、本店だけはとても、やっぱり一遍潰れてみなきゃ分からんめち言いよった。それでも、その現状というものを見てからですたい、ね、どうかしてお導きしたい、何とかて、もう御取次を頂いて行かれるけれどもです、もう、仏教で固まっとるもんじゃけん、お話をする隙がない。それを、なら、まだ一ヶ月余りでしょうね。
 佐田(ぶへい)さんが、いわゆる(さだよ物産)の、いわゆる佐田の専務をしておられる方が、自分がおかげを受けておる、その、もう生き生きした、晩眠られなかったのが眠られるようになった。ね。(ちょうすい?)でとにかく出来なかったのが、心に安心と喜びが出来るようになったら、こう見てくらんの、私がとにかくこげんしてお参りするごとなったら、4キロも、例えば十日余りで肥えたというような事実をですね、その社長に言うて。とにかく、今のこういう難解なところをですね、打開するのは、これは金光様の信心によらにゃ出けんばいと言うて、お導きをして来た。
 お話を聴かせて頂いたら、もう、その方が一番やっぱり年配ですが51歳。後は四十何歳。とにかく、まあ、ズラッとこう並んで、兄弟のごたるですね、やっぱ従兄弟さん同士ですから。ね。それが、(さだよ)がこうして三人、ね、佐田のいわゆる、その主人が全部、支店長、ね、それから専務、それから社長と揃うて、んなら、お参りが出けるようになった、と。
 これで、佐田が助かるぞお、といったような、この光がね、希望が持てて、光が見え出して来たという漢字です。ね。そういうおかげもです、やはり、佐田さん一家の勢がそろうた信心から、私は生まれて来たという風に思うですね。どうぞ。